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福岡地方裁判所小倉支部 昭和48年(ワ)567号 判決

原告

中村サカエ

被告

パイオニア工業株式会社

主文

被告は原告に対し金九二万八五〇〇円及びこれに対する昭和四八年八月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の、その余を被告の各負担とする。

この判決の第一項は、原告が金二〇万円の担保を供することを条件として、仮に執行することができる。ただし、被告が金四五万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

「被告は原告に対し、金三九二万一五三八円及びこれに対する昭和四八年八月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決並びに仮執行の宣言

二  被告

「原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決及び敗訴の場合仮執行免脱の宣言

第二請求の原因

一  事故の発生

原告の長男亡中村憲介(昭和二二年七月一五日生)は、昭和四八年二月一四日午前六時二〇分頃、長崎県東彼杵郡東彼杵町坂本郷二三一一番地先の国道三四号線路上において、訴外中村正憲運転、被告保有の普通貨物自動車(以下本件自動車という)の後部座席に同乗して進行中、前方に停車していた訴外松尾研二運転の貨物自動車に本件自動車が追突し、その衝撃のため右憲介は開放性頭藍骨骨折・脳挫滅の傷害を受けてその場で死亡するに至つた。

二  被告の責任

被告は本件自動車を保有し、自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基き、本件事故により生じた損害を賠償する職務がある。

三  原告の損害

(一)  亡憲介の逸失利益

亡憲介は死亡当時一五才で、その就労可能年数は一八才から六三才までの四五年間とみられるが、昭和四六年度の賃金センサスによれば、全産業全男子労働者一八才ないし一九才の年間平均賃金は五八万七〇〇〇円であり、その五〇パーセントを生活費として控除すると、年間純収入は二九万三五〇〇円となり、亡憲介の得べき収入も右金額を下廻るものではないと考えられる。右金額に基き、同人が一八才から六三才まで就労して取得すべき純収入の死亡時における現価を、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して算出すると、六六四万三〇七七円となる。

(二)  亡憲介の慰藉料

同人は、本件事故のため、前途ある一五才の生命を瞬時に失つたもので、同人の受けた苦痛は測り知れないが、これを金銭に評価するとすれば、二〇〇万円をもつてするのが相当である。

(三)  原告の相続

原告は亡憲介の実母として、同人の右損害額合計九六四万三〇七七円の賠償請求権のうち、その二分の一にあたる四八二万一五三八円を、相続により取得した。

(四)  原告の慰藉料

原告は本件事故のため、その長男でただ一人の息子を失い、その悲痛は限りないものがあり、これを慰藉するには二〇〇万円をもつてするのが相当である。

(五)  損益相殺

原告は、本件事故に関し、自賠責保険金として三四〇万円の支給を受けた。

(六)  弁護士費用

原告は被告に対し、上記損害の賠償を求めて交渉したが、任意の支払を得られないため、表記訴訟代理人に本訴の提起を委任し、報酬として五〇万円を支払う旨を約定し、同額の債務を負担した。

四  結論

よつて、被告に対し、上記三(三)及び(四)の合計額から(五)を控除し、(六)を加えた三九二万一五三八円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四八年八月一八日以降支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求の原因に対する答弁

一  請求原因一のうち、亡憲介の死因は不知、その余の事実は認める。

二  同二のうち、被告が本件自動車を保有し、自己のため運行の用に供していたことは認める。

三  同三のうち、本件に関し自賠責保険金三四〇万円が原告に給付されたことのみを認め、その余はすべて争う。

第四被告の主張

一  自賠法三条の「他人」性の欠如

(一)  訴外正憲は原告の夫、亡憲介の実父にあたる者である。

(二)  右正憲は、被告会社の本来の従業員ではなく、本件自動車を用いて製品運送にあたることを委託されたいわゆる委託運転手であり、被告との契約に基き、運送の実績(出来高)に応じて報酬を受ける形式で、業務に従事していた。

(三)  右正憲は、本件事故の前日、被告の指示により、本件自動車を運転して山口県下から長崎県島原市方面へ製品運送に赴くにあたり、亡憲介から、「明日は学校を休むので島原まで乗せて行つてほしい。」とせがまれるまま、これを許し、同人を同乗させて走行の途中、本件事故を惹起したものである。

(四)  すなわち、正憲及び憲介は、被告と、別個に運行の目的を有し、運行による利益を得ていたものであるから、同人らも保有者の地位にあつたと言うことができる。

(五)  被告としては、正憲に対しこのような家族の同乗を許したことはなく、却つて、さきに正憲が妻である原告を同乗させて事故を起した際には、厳重な注意を与えたことがあつた。そして、本件事故の際も、被告は憲介の同乗の事実を全く知らなかつた。

(六)  このような場合、正憲は自賠法二条の「他人」にはあたらず、被告には同法条による損害賠償の義務はないというべきである。

二  信義則違反ないし好意同乗による相殺等

仮に被告に何らかの賠償義務があるとしても、右のような事情のもとで、被告にその履行を求めることは著しく信義則に反し、許されない。さらに、仮に右主張があたらないとしても、亡憲介は、事故発生の危険性を承認し、かつこれに寄与した好意同乗者であり、また、少くとも一部においては運行供用者たる性質をもつ者であるから、被告の賠償義務の範囲は大幅に減額さるべきである。なおまた、夫婦・親子の間で不法行為が行われても被害者に慰藉料の請求を許すことは妥当でなく、したがつて本件の場合、正憲にはその支払義務がないから、被告もまた同様というべきである。

第五被告の主張に対する原告の答弁

原告と訴外中村正憲、亡中村憲介の身分関係は認めるが、その余の主張はすべて争う。なお、亡憲介は、正憲が本件自動車を用いて被告会社の製品運送の業務に従事するにあたり、その積卸し等の作業を補助するために同乗していたものであつて、いわゆる好意同乗者にはあたらない。

第六証拠関係〔略〕

理由

一  事故の発生

原告主張の日時・場所において、主張のような交通事故が発生したことは、亡中村憲介の死因の点を除き、当事者間に争いがない。〔証拠略〕によれば、亡憲介は、本件自動車の運転席後方のベツトに横臥して睡眠中、本件追突事故による衝撃のため、頭蓋骨骨折・脳挫滅の傷害を受けて即死したことが認められる。

二  被告の責任の有無及び範囲

被告が本件自動車を保有し、自己のため運行の用に供していたことは、当事者間に争いがないが、被告は、被害者である亡中村憲介が自賠法三条にいう「他人」にあたらない旨を主張し、同法条による責任を争うので、先ずこの点について検討する。

〔証拠略〕を総合すると、以下の事実が認められる(一部争いのない事実を含む)。

(一)  訴外中村正憲は原告の夫であり、亡憲介は正憲と原告の長男である。

(二)  訴外正憲は、被告会社のいわゆる委託運転手として、被告との間に、被告所有の本件自動車を用いて被告の製品(プラスチツク容器類)輸送の業務に専属的に従事すること、その賃金はいわゆる固定給ではなく、輸送の実績(出来高)に応じた報酬を受けること、右業務に補助者を要するときは、自己の負担・計算においてこれを付すること等の約定を取り交し、輸送先、数量・日時等すべて被告の指示に基いて、右輸送の業務に従事していた。

(三)  右正憲は、一時補助者を使用したこともあつたが、採算がとれないためこれを取り止め、その後は妻(原告)や長男憲介(死亡当時一五才、中学三年生)、長女(高校生)らが既にその手伝いにあたつていた。すなわち、被告会社工場での製品の荷積みや輸送先での荷卸しに相当の時間と労力を要するところ、勤務時間外などで従業員の協力が得られない場合があり、このような場合、亡憲介らが屡々荷積みを手伝い、また、時として亡憲介が学校を休んで輸送先まで本件自動車に同乗して行き、荷卸しを手伝うこともあつた(自動車運転は、もとより正憲のみがこれにあたつた)。

(四)  右のような荷積み手伝いの事実は、被告会社代表者らも承知しており、手伝いを賞めて憲介に小遣いを与えたこともあつたが、輪送先での荷卸し手伝いの点までは、被告は報告を受けたこともなく、明らかに知ることはなかつた。

(五)  もつとも、被告会社製品の納入先が大阪・広島・長崎等の遠隔地が多いためもあつて、正憲の家族としては、時に私用または荷卸し手伝いと私用を兼ねた目的のため、同乗することもあつた。本件事故の約一年前、正憲は被告との契約以外の臨時の仕事に妻(原告)の私用を兼ね、本件自動車に妻を同乗させて兵庫県方面に赴き、交通事故を起して妻が重傷を負つたが、このことにつき正憲は、被告からかかる用法を注意されるとともに、自動車の破損による損害の賠償を求められる右要求に服した。なお、本件事故当時、原告は右負傷のためなお兵庫県下の病院に入院中で、家庭を離れていたものである。

(六)  本件事故の前日である二月一三日、正憲は被告の指示により、山口県長門市内の製造工場で製品を積込み、翌一四日朝に長崎県島原市内の販売先まで輸送する業務につくこととなり、一三日午後八時頃、本件自動車で北九州市門司区の自宅を出発し、長門市に向かつたが、その間亡憲介は、父が疲れているだろうから手伝うと申し出て同乗した。そして、長門市で両名共同して荷積みを終え、直ちに島原市に向かい、途中一四日午前三時頃、門司区内の自宅付近を通りかかつた際、正憲は憲介を降して帰宅させようとしたが、亡憲介は学校を休んで荷卸しの手伝いもする旨を申し出、正憲もこれを容れて下車させず、同乗させたままで目的地に向けて進行した。

(七)  かくして同日午前六時二〇分頃、前記場所を進行中、訴外正憲の前方注視を尽くさなかつた過失により、停車中の訴外松尾の自動車に本件自動車が追突し、おりから運転席後方のベツドに横臥中の亡憲介が頭部を強打して死亡するに至つたものである。

以上の事実が認められる。右によれば、本件事故当時、亡憲介は少くともその目的の一部において、正憲の荷卸し作業を手伝うこと、すなわち被告の本件自動車供用の一助となることを意図していたものとみられるから、同人が被告とは全く別の運行目的・運行利益を有していたとの被告の主張はあたらない。そして、被告としても、平素の荷積み手伝いの事実を知つていたのであるからこのような遠隔地での荷卸しについても、亡憲介らが補助する場合もあることを全く知り得なかつたと断ずることはできない。しかしながら、他面、亡憲介の目的が荷卸し手伝いのみにあつたか否かにも疑問がある。島原市内の販売先への到着時刻は午前八時頃の予定であるうえ、同所では従前から従業員が荷卸し作業に協力してくれる例であつたことが窺われるし、現に正憲としても亡憲介に手伝わせる必要はないと考えて帰宅を促したものとみられる。それにもかかわらず、亡憲介が学校を休んでまで敢て同行を希望したのは、その年令や当時の家族状態(母は入院中で不在)等からみて、父親と離れたくない気持や、長距離の自動車旅行に行つてみたい気持などがある程度働いたたためと確認するに難くない。もつとも、そのために本来のコースや時間等に何らかの変更が加えられた事跡はない。

右のような亡憲介の同乗目的、同人と正憲との関係、本件事故の原因(専ら正憲の過失に起困する)等に照らし、かつ、損害の公平な負担の理念に鑑み、被告に対しては、本件事故により亡憲介に生じた損害のうち三分の二に相当する額を賠償させるのが最も妥当と認められる。

三  亡憲介の損害賠償債務

(一)  逸失利益によるもの

亡憲介は前提のとおり死亡当時一五才で中学三年生であつたが、本件事故がなければ一八才から少くとも六三才までの四五年間は就労可能であつたとみられるところ、労働省の賃金構造基本統計調査報告(昭和四七年度)によれば、昭和四七年において、全産業全男子労働者中一八才ないし一九才の者の年間平均給与額は六七万九二〇〇円であり、そのうち五〇パーセントは生活費として必要とみられるのでこれを控除すると、年間純収入は三八万九六〇〇円となり、亡憲介の将来得べかりし純収入もこれを下廻るものではないと推察される。そこで、右金額を基礎とし、同人が三年後から四七年後までの四五年間に就労して取得すべき純収入の死亡時における現価を、ホフマン式計算法(年別)により年五分の中間利息を控除して算出すると、八三三万五六〇〇円(一〇〇円未満切捨)となる。これに前記二に述べたところを適用して、亡憲介の取得した損害賠償債権の額を五五五万七〇〇〇円(同)と定める。

(二)  精神的苦痛によるもの

亡憲介は本件事故のため、脳挫滅によつて一五才の短い生命を瞬時に失つたもので、その苦痛は甚大なものがあつたと推察されるが、前述の諸点を考慮し、被告に対する慰藉料請求権は一五〇万円の限度でこれを認めるのが相当である。

(三)  被告の主張二について

被告はなお信義則、好意同乗等による減額ないし過失相殺を主張するが、すでに前記二に述べたとおり、これらの点を考慮のうえ右の金額を認定したものであるから、さらにそれ以上の減額を施す必要はなく、被告の右主張は採用できない。

四  原告の相殺

前記争いのない事案及び〔証拠略〕によれば、原告は亡憲介の実母として、同人の債権(三(一)及び(二)の合計額)の二分の一にあたる三五二万八五〇〇円の債権を相続により取得したことが明らかである。

五  原告の慰藉料

原告は本件事故により長男で唯一の男子である憲介を失い、その悲痛は大きいと察せられるが、これについても前記二の諸点、とくに本件事故が原告の夫である正憲の一方的過失に基くこと、亡憲介の同乗目的が父親の業務手伝のみとは言い難いこと、これについては、母(原告)が入院、不在であることも一つの契機となつたものと推察されること等の事情を考慮し、被告に対する慰藉料請求は七〇万円の限度でこれを許すのが相当と認める。

六  損益相殺

原告が本件事故に関し、自賠責保険金として三四〇万円の給付を受けたことは当事者間に争いがないから、原告の債権額からこれを控除すべきである。

七  弁護士費用

〔証拠略〕によれば、原告は被告に対し、本件事故による損害の賠償を求めて交渉したが任意の弁済を得られないため、表記訴訟代理人に本訴の提起を委任し、弁護士会規定の範囲内で報酬を支払うことを約したことが認められる。本件事案の内容、審理の経過、認容額等に照らし、そのうち一〇万円は本件事故による原告の損害として、被告に賠償せしむべきものと認める。

八  結語

よつて、被告は原告に対し、右四、五の金額の合計額から六を控除し、七を加えた九二万八五〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の翌日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金支払の義務があり、原告の本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行及びその免脱の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田川雄三)

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